鍼灸と東洋医学の歴史 2,000年以上続く「オーダーメイド医療」の原点
現代では「鍼灸」「漢方」「マッサージ」と別々の施術のように思われがちですが、もともと東洋医学はひとつの療法だけで治すものではありませんでした。
一人ひとりの体質や症状、住んでいる場所の気候まで考えて、「この人にはお灸が合う」「この人には体操と薬が合う」と、複数の療法を使い分けていたのです。
いまの言葉で言えば「オーダーメイド医療」。その発想が、2,000年以上前からありました。
このページでは、東洋医学を構成する6つの療法、砭石(へんせき)・灸(きゅう)・鍼(はり)・導引按摩(どういんあんま)・漢方(かんぽう)・刮痧(かっさ)の歴史を、出土品や古文書などの証拠をもとにご紹介します。
「灸が先か、鍼が先か」証拠から読み解く
「鍼灸」とひとまとめに呼ばれていますが、実は灸のほうが鍼よりも先に始まったと考えられています。
その根拠を理解するには、2つの重要な古文書の関係を知る必要があります。
2つの古文書の時間関係
馬王堆帛書(まおうたいはくしょ)は、紀元前168年に墓に埋葬されました。つまり、中身はそれ以前に書かれたものです。灸の専門書が2種類ありますが、鍼の記述はほとんどありません。
その後、この間に鍼が発展しました。
黄帝内経(こうていだいけい)は、紀元前300年から紀元後100年にかけて、何百年もかけて少しずつ書き足された本です。鍼の詳しい理論は、この本の後半部分、紀元前1世紀以降に書き加えられました。
つまり、紀元前168年の時点では、灸は専門書が2冊もあるほど確立していましたが、鍼はまだ十分に体系化されていませんでした。
紀元前168年の時点では、灸は専門書が2冊もあるほど確立していました。鍼はまだ十分に体系化されていませんでした。
紀元前113年ごろ、金属の鍼が登場しました。お墓から金・銀の鍼が出土しています。
紀元前1世紀以降、黄帝内経に鍼の理論が詳しく書き加えられました。
黄帝内経に鍼の記述があるのは、灸が先に確立したあと、時代が進んでから書き足されたからです。「黄帝内経に鍼が載っているから鍼も同じくらい古い」というわけではありません。
※たとえるなら、百科事典を50年かけて書いたとします。最初の版には「テレビ」の項目がなく「ラジオ」だけでした。50年後の完成版には両方載っています。だからといって、「テレビとラジオは同じ時期に生まれた」とは言えません。黄帝内経と鍼・灸の関係もこれと同じです。
東洋医学の6つの療法
1. 砭石(へんせき) すべての始まり
時代は、石器時代、紀元前5,000年から3,000年ごろです。
砭石とは、三角形や円錐形に磨いた石のことです。東洋医学の原点とも呼べる、最も古い療法です。
使い方は3通りありました。
刺す。尖った先端で腫れ物を切開したり、滞った血を出したりしました。
擦る。石の端で皮膚をこすりました。のちの刮痧の原型です。
温める。石を火で温めて体に当てました。のちの灸の原型です。
1963年に中国・内モンゴルで、推定4,000年から10,000年前の砭石が出土しています。人類の医療行為としては最古級の証拠です。
ひとつの石で「刺す・擦る・温める」と3通りの使い方をしていたことから、この砭石がのちの鍼・刮痧・灸すべての源流になったと考えられています。
※補足
砭石が現代の鍼の「直接の先祖」かどうかは、研究者の間で議論があります。「砭石は腫れ物を切る道具であって、ツボに刺す鍼とは別もの」という意見もあります。一方で、「石で刺す行為から金属の鍼へ発展した」という伝統的な見方も根強くあります。
2. 灸(きゅう) 鍼より先に始まった温熱療法
時代は、紀元前2世紀より前に体系化されたと考えられています。
灸は、もぐさ、つまりヨモギの葉の裏にある白い綿毛を皮膚の上で燃やし、その温かさでツボに働きかける療法です。
なぜ「灸が先」と言えるのか
1973年、中国・湖南省にある馬王堆(まおうたい)という古墳から、絹に書かれた医学書が見つかりました。この墓は紀元前168年に封じられたことがわかっているので、中の書物はそれより前に書かれたものです。
この書物、馬王堆帛書には次の内容が含まれていました。
「足臂十一脈灸経」「陰陽十一脈灸経」という灸の専門書が2種類含まれていました。
「五十二病方」という処方集にも、灸の具体的な方法が多数ありました。
しかし、鍼についてはほとんど書かれていませんでした。
つまり、紀元前168年の時点で、灸は専門書が作られるほど確立していたのに、鍼はまだだったということです。これが「灸のほうが先」の最大の根拠です。
黄帝内経では、灸は「寒い北方の地域に適した療法」と位置づけられています。体を温めて冷えを取り除くという発想は、現代のお灸にもそのまま受け継がれています。
3. 鍼(はり) 石から金属へ、2,000年の進化
時代は、紀元前2世紀から紀元前1世紀ごろに体系化されたと考えられています。
金属の鍼はいつ登場したか
紀元前113年ごろ、漢の時代の王族・劉勝(りゅうしょう)の墓、河北省満城から、金の鍼4本・銀の鍼6本が出土しました。これが「鍼灸の鍼として使われたことが確認できる最古の出土品」です。
灸の専門書である馬王堆帛書、紀元前168年以前には鍼の記述がほとんどなく、金属鍼の最古の出土品が紀元前113年ごろです。この2つの証拠から、鍼が本格的に使われ始めたのは紀元前2世紀の半ば以降と考えられています。
九鍼(きゅうしん) 9種類の専用鍼
黄帝内経には、症状や目的に応じた9種類の鍼が記されています。
鑱鍼(ざんしん)。先端が矢じり状で、皮膚の浅い疾患に使われました。
員鍼(えんしん)。卵形の先端で、筋肉の間を治療するために使われました。
鍉鍼(ていしん)。丸い先端で刺さずに、経脈を押して調整するために使われました。
鋒鍼(ほうしん)。三角の刃で、滞った血を出すために使われました。
鈹鍼(ひしん)。両刃の剣形で、腫れ物の切開に使われました。
員利鍼(えんりしん)。細長い形で、急な痛みに深く刺すために使われました。
毫鍼(ごうしん)。現代の鍼に最も近い細い鍼で、慢性の痛みや不調に使われました。
長鍼(ちょうしん)。長い鍼で、深い場所の疾患に使われました。
大鍼(だいしん)。太い鍼で、むくみや関節の水に使われました。
いまの鍼灸院で使われている鍼は、この中の毫鍼が進化したものです。当院で使用している鍼も、この毫鍼の現代版にあたります。
4. 導引按摩(どういんあんま) 体操・呼吸法・マッサージ
時代は、紀元前2世紀より前です。馬王堆の導引図に記録があります。
導引は呼吸法や体操の原型、按摩はマッサージの原型です。現代の言葉で言えば、「運動療法・呼吸法・手技療法」のセットです。
馬王堆の導引図
灸の帛書と同じ馬王堆古墳から、44人の男女がさまざまな運動をしている彩色の絵が見つかりました。これが「導引図」です。
描かれている運動は、4種類に分けられます。
呼吸法。深い呼吸で気を整えます。
四肢の運動。手足を大きく動かす体操です。
道具を使った運動。棒などを使ったエクササイズです。
治療体操。特定の症状に対する運動です。
張家山漢簡(ちょうかざんかんかん)「引書」
1983年に湖北省で見つかった竹の札、竹簡113枚に、導引療法が体系的にまとめられていました。
季節ごとの養生法として、食事・睡眠・入浴の注意点が記されていました。
41組の具体的な運動法が記されていました。
病気の原因と予防法が記されていました。
2,200年前の人たちが、「季節に合わせた食事と運動で病気を予防する」と考えていたことがわかります。黄帝内経では、「温暖な平地の人に適した療法」と位置づけられています。
いまの鍼灸院でストレッチや運動の指導をするのは、この「導引」の考え方を現代に活かしたものといえます。
5. 漢方(かんぽう) 植物・鉱物・動物を使った薬物療法
時代は、紀元前1世紀から紀元後2世紀ごろに体系化されたと考えられています。
神農本草経 最古の薬物事典
神農本草経(しんのうほんぞうきょう)は、紀元前1世紀から紀元後2世紀ごろにまとめられた、365種類の薬を記録した書物です。薬は効き目の強さと安全性で3つのランクに分けられていました。
上品(じょうほん)。120種。毎日飲んでもよい養生薬で、人参・甘草などがあります。
中品(ちゅうほん)。120種。体質改善の薬で、当帰・芍薬などがあります。
下品(げほん)。125種。病気を治す強い薬で、使い方に注意が必要です。大黄・附子などがあります。
365種の内訳は、植物252種、鉱物67種、動物46種です。自然界のあらゆるものを薬として使いこなしていたことがわかります。
傷寒論 いまの漢方薬のルーツ
傷寒論(しょうかんろん)は、後漢の末、西暦220年より前に、張仲景(ちょうちゅうけい)という医師が書いた医学書です。風邪のような急性の病気に対する処方が体系化されており、「葛根湯」「麻黄湯」など、いま薬局で売られている漢方薬の多くが、この1,800年前の本に載っています。
「漢方」は日本だけの呼び方
中国では同じものを「中薬」と呼びます。「漢方」という名前は江戸時代に生まれました。オランダ経由で西洋医学、つまり蘭方(らんぽう)が入ってきたとき、それと区別するために「漢、中国の方、処方」という意味で、漢方と呼んだのが始まりです。
日本の漢方は中国のものとは異なる独自の発展をしており、エキス顆粒、つまり粉薬として保険適用で処方できるのは、世界的にも珍しい制度です。
6. 刮痧(かっさ) 皮膚を擦って血行を促す療法
時代は、元代から明代、13世紀から17世紀に体系化されたと考えられています。
砭石の「擦る」使い方が発展したもの
痧(さ・しゃ)とは、皮膚の下に滞った悪い気や血のことです。それを刮、つまりこすることで外に出す、という考え方の療法です。
砭石で皮膚をこすっていた石器時代の行為が、道具や理論を変えながら数千年かけて発展しました。
歴史の流れ
石器時代。石で皮膚をこすって痛みを和らげました。
戦国時代、紀元前475年から221年。こすって治療する記録が登場しました。
元代、13世紀から14世紀。「痧」という考え方が発展し、麻縄で皮膚を擦る方法が記録されました。
明代、14世紀から17世紀。「刮痧」として体系化され、専用の道具が作られ始めました。
清代、17世紀から20世紀。銅銭や水牛の角が道具として使われるようになりました。
6つの療法の中では比較的新しく体系化されたものですが、ルーツは石器時代の砭石にまでさかのぼります。
東洋医学の「オーダーメイド」の考え方
黄帝内経の「異法方宜論(いほうほうぎろん)」には、地域の気候や風土に応じて、どの療法が合うかが書かれています。
海沿い・魚介類が多い地域には、砭石が合うとされました。塩分の取りすぎで血が滞りやすいからです。
乾燥した土地には、漢方が合うとされました。体の内側から潤す必要があるからです。
寒い地域には、灸が合うとされました。冷えが病気の原因になりやすいからです。
暑く湿気の多い地域には、鍼が合うとされました。気や血の流れを整える必要があるからです。
温暖な平地には、導引按摩が合うとされました。運動不足が不調の原因になりやすいからです。
これは「ひとつの療法だけが正解」という意味ではありません。その人の体質・生活環境・症状に合わせて最適な療法を選ぶ、という考え方の表れです。
いまの医療で注目されている「個別化医療」、つまり一人ひとりに合わせた治療の考え方が、2,000年以上前からあったということです。
年表 東洋医学のあゆみ
石器時代、紀元前5,000年から3,000年。砭石の使用が始まりました。出土品があります。
紀元前186年ごろ。張家山「引書」に、導引療法、体操・呼吸法の体系的な記録が残されました。
紀元前168年以前。馬王堆帛書に、灸の専門書2種類と導引図が墓に埋葬されました。鍼の記述はほとんどありません。
紀元前113年ごろ。漢の王族の墓から金・銀の鍼が出土しました。金属鍼の最古の証拠です。
紀元前300年から紀元後100年。黄帝内経が数百年かけて編纂されました。鍼の理論は後半、紀元前1世紀以降に追加されたと考えられています。
紀元前1世紀から紀元後2世紀。神農本草経により、365種の薬物が分類されました。
紀元後220年より前。張仲景の傷寒論により、葛根湯など現代の漢方処方が体系化されました。
562年。僧侶・知聡が中国から164巻の医学書を日本に持ち帰りました。
701年、大宝律令。日本で「鍼博士」「鍼師」が国の制度として定められました。
元代から明代、13世紀から17世紀。刮痧が体系化されました。
江戸時代、1614年から1694年。杉山和一が「管鍼法」を開発し、日本独自の鍼灸スタイルが確立しました。
1947年、昭和22年。日本で「はり師」「きゅう師」が国家資格として法制化されました。
日本の鍼灸 独自の発展
管鍼法の発明
江戸時代、視覚に障害を持つ鍼師・杉山和一(すぎやま わいち、1614年から1694年)が、細い管である鍼管を使って鍼を刺す方法を考案しました。
この発明によって、痛みの少ない鍼の刺し方ができるようになりました。また、細い鍼で浅く刺す日本独自の鍼灸スタイルが生まれました。いま日本の鍼灸師の大多数が、この管鍼法を使っています。
中国式は比較的太い鍼で深く刺すのに対し、日本式は細い鍼で繊細に刺すのが特徴です。当院の施術もこの日本式の流れを汲んでいます。
国家資格としての鍼灸
日本では、「はり師」「きゅう師」は国家資格です。専門学校で3年以上、解剖学・生理学・東洋医学の理論などを学び、国家試験に合格する必要があります。これは、1947年に制定された法律に基づいています。
まとめ
東洋医学は2,000年以上前から、砭石・灸・鍼・導引按摩・漢方・刮痧という複数の療法を、その人の体質や状態に合わせて組み合わせる医療でした。
「鍼灸」とひとまとめに言いますが、実はお灸のほうが先に確立され、あとから鍼が加わりました。そこに体操・呼吸法である導引、マッサージである按摩、薬である漢方、皮膚をこする療法である刮痧が合わさって、ひとつの大きな医療体系になったのです。
当院で、鍼やお灸だけでなく運動療法や生活習慣の指導を組み合わせるのは、実は東洋医学の本来の姿に近いアプローチです。
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厚生労働省. 「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」昭和22年法律第217号
考古学的証拠
馬王堆帛書、紀元前168年以前。湖南省博物館所蔵。
張家山漢簡「引書」、紀元前186年ごろ。湖北省出土。
劉勝墓出土の金銀鍼、紀元前113年ごろ。河北省満城出土。
内モンゴル出土の砭石、推定4,000年から10,000年前。1963年発見。