電気鍼(低周波鍼通電)の歴史 ─ 誕生から現代まで①
「電気で体をしびれさせると、痛みがやわらぐ」。この発想には、とても古い歴史があります。
確かな医療記録としては、約2000年前のローマで、シビレエイを頭痛や痛風に用いた記述が残っています。さらに古くは、古代エジプトにも電気ナマズを知っていた痕跡があり、電気魚と人間の関係は数千年前までさかのぼる可能性があります。
ただし、「なぜ電気で痛みがやわらぐのか」が神経科学の言葉で説明されるようになったのは、20世紀後半になってからです。
このページでは、電気魚、電気鍼、低周波鍼通電、TENS、PENSの歴史を紹介します。東洋のはりと、西洋の電気治療が、最後に「神経を電気で刺激する」という1つの考え方に合流していく物語です。
TENS(テンズ:経皮的電気神経刺激療法)は、皮膚の上から電気刺激を加える方法です。
PENS(ペンズ:鍼様電気刺激療法)は、鍼のような細い電極を用いて、より深部の神経や筋肉へ電気刺激を加える方法です。
はじめに しびれと痛みのふしぎ
電気を使った痛みの治療は、電池よりも、現代の低周波治療器よりも、ずっと古くからありました。
人類が最初に出会った「電気の治療器」は、生きた魚でした。地中海にすむシビレエイや、ナイル川にすむ電気ナマズです。これらの魚は、体から数十ボルトから数百ボルトに及ぶ電気を出すことがあります。
昔の人は、この魚に触れると体がしびれ、痛みの感じ方が変わることに気づきました。
ここに、電気治療の歴史を貫く大事な発見があります。それは、「しびれさせること」と「痛みをやわらげること」は深く関係している、という気づきです。
この経験的な発見が、神経科学として説明されるまでには、非常に長い時間がかかりました。その長い道のりを、東と西の2つの流れが合わさっていく物語として見ていきます。
第1章 大昔 魚が最初の電気刺激だった
電気ナマズの古い記録
古代エジプトには、ナイル川にすむ電気ナマズを知っていた痕跡があります。電気を発する魚は、古代の人々にとって不思議で、こわく、同時に特別な存在だったと考えられます。
一部の研究では、古代エジプトでも電気魚が痛みの治療に使われた可能性が指摘されています。ただし、これははっきりと「治療に使った」と書かれているわけではなく、推測を含みます。
そのため、古代エジプトについては、「電気魚を知っていた可能性が高い」「医療利用は示唆されるが断定はできない」と考えるのが安全です。
スクリボニウス・ラルグスの記録
電気で痛みをやわらげたという、比較的はっきりした古い記録は、1世紀ごろのローマにあります。皇帝の主治医でもあったスクリボニウス・ラルグスという医師が、シビレエイを使った治療について書き残しました。
頭痛のときは、痛むところに生きたシビレエイを当て、痛みが止まってその部分がしびれるまで、そのままにしておく。
痛風のときは、生きたシビレエイの上に足を置き、しびれが起きたあとに痛みがやわらぐことをねらう。
ここで大事なのは、「しびれるまで」という考え方です。感覚をわざと変化させることで痛みをやわらげようとしていた点で、現代のTENSや電気鍼の遠い祖先と見ることができます。
古い知識が中世へ伝わる
その後、古代ローマの医師ガレノスも、シビレエイによる痛みの治療について触れています。さらに、イスラム世界の医学書にも古代の医学知識が受け継がれ、電気魚に関する知識は中世ヨーロッパへも伝わっていきました。
もちろん、当時の人々は「電気」や「神経伝導」という言葉を知りませんでした。魚に触れるとしびれる。そのしびれのあと、痛みがやわらぐことがある。その経験だけが受け継がれていたのです。
第一章のまとめです。大昔の人は、電気の正体を知らないまま、「しびれ」と「痛みの軽減」が関係していることに気づいていました。ただし、確実な医療記録として言えるのは、主に古代ローマ以降です。
第2章 静電気の時代 魚から機械へ
長いあいだ、人間が使える電気刺激は、電気魚に頼るしかありませんでした。その状況が大きく変わるのは、18世紀です。
ライデンびんの発明
1745年から1746年ごろ、ヨーロッパで「ライデンびん」と呼ばれる装置が作られました。これは、電気をためておくことができる初期の装置です。
ライデンびんによって、人間は強い静電気の刺激を、魚に頼らず作れるようになりました。ここから、電気を医療に使おうとする試みが一気に広がります。
ジャラベールの治療
1748年、スイスの物理学者ジャン・ジャラベールは、長年まひしていた腕に電気刺激を行い、機能が回復したと報告しました。
現在の基準で見ると、この報告をそのまま有効性の証明とすることはできません。しかし、電気で筋肉を動かし、神経と筋肉の働きを取り戻そうとした古い試みとして重要です。
この考え方は、現代の電気刺激によるリハビリ、筋再教育、神経筋電気刺激、そして一部の鍼通電療法にもつながっています。
フランクリンとウェスレー
雷の正体が電気だと示したことで有名なベンジャミン・フランクリンも、まひの患者に電気治療を試みました。ただし、彼はその効果が一時的であったことも記録しています。
また、ジョン・ウェスレーは18世紀に電気治療を紹介し、一般の人々にも電気治療を広めようとしました。彼の活動には、貧しい人にも治療の機会を与えたいという社会的な目的もありました。
ここには、現代の家庭用低周波治療器にもつながる考え方があります。つまり、「専門家だけでなく、患者自身も電気刺激を利用する」という発想です。
第2章のまとめです。18世紀になると、電気魚ではなく機械で電気刺激を作れるようになりました。まひ、痛み、筋肉の働きに対して、電気を医療に応用しようとする時代が始まります。
第3章 電池の発明と電気のはりの誕生
ガルバーニとボルタ
1791年、イタリアのガルバーニは、金属に触れたカエルの足が動く現象を観察し、「生き物の体には電気が関係している」と考えました。
これに対して、同じイタリアのボルタは、電気は金属の組み合わせによって生じると考え、1800年に電池を発明しました。
それまでの静電気は、一瞬だけバチッと流れるものでした。しかし電池によって、一定の電気を比較的長く流し続けることが可能になりました。
この変化が、はりと電気を結びつける土台になります。
サルランディエールと電気鍼
1825年、フランスの解剖学者ジャン・バティスト・サルランディエールは、電気を使ったはり治療に関する著作を発表しました。
彼の方法は、金属のはりを体に刺し、そのはりに電池からの電気を流すというものでした。2本のはりを使い、一方をプラス、もう一方をマイナスとして、体内に電気の通り道を作る方法も説明されています。
これは、現代の電気鍼、低周波鍼通電、PENSにかなり近い発想です。
興味深いのは、サルランディエールの著作では、中国や日本のはり・お灸への関心も見られることです。東洋のはりと西洋の電気刺激が、すでに19世紀前半に接点を持っていたのです。
第3章のまとめです。電池の発明によって、はりに電気を流すことが可能になりました。19世紀前半には、東洋のはりと西洋の電気刺激が出会い、電気鍼という形が生まれていました。
第4章 1800年代の発展と転落
デュシェンヌが電気刺激を体系化する
19世紀には、電気を医学に応用する研究が盛んになります。その中でも重要なのが、フランスの医師デュシェンヌです。
デュシェンヌは、皮膚の上から電気を当て、特定の筋肉を動かす方法を発展させました。顔の表情筋、まひした筋肉、神経と筋肉の関係を調べるうえで、彼の研究は大きな影響を与えました。
当時は、現在のように「低周波」「高周波」「パルス幅」「周波数」「電流量」を厳密に整理する時代ではありませんでした。それでも、電流の種類や刺激方法によって、筋肉の反応や痛みの変化が違うことは少しずつ理解されていきました。
当時の電気刺激特徴主な関心ファラデー電流・誘導電流断続的な刺激で筋肉を動かしやすい筋肉の収縮、まひ、筋機能の評価ガルバニー電流・直流持続的な電流として使われた神経、痛み、こわばり、慢性症状への応用皮膚上からの刺激体に刺さずに電気を当てる現代のTENSに近い発想はりを介した刺激金属針を通して深部に電気を届ける現代の電気鍼やPENSに近い発想
この時代には、皮膚の上から電気を当てる方法と、はりを刺して電気を流す方法の両方が存在していました。つまり、のちにTENSとPENS、電気鍼として分かれていく考え方の原型が、すでに見られたのです。
電気治療が信用を失う
しかし、19世紀の終わりから20世紀前半にかけて、電気治療は大きく信用を失っていきます。
「電気ベルト」「電気下着」「万能電気治療器」のような商品が流行し、精力、若返り、あらゆる病気への効果をうたう広告が広まりました。中には、実際には十分な電気刺激を発生しないものもありました。
まじめな医学研究と、誇大広告の商品が混ざってしまったことで、電気治療全体が怪しいものと見なされるようになっていきます。
さらに同じ時期、近代医学では細菌学、麻酔、外科手術、鎮痛薬が急速に発展しました。これにより、電気治療は正式な医学の中心から外れていきました。
第4章のまとめです。19世紀に電気刺激の研究は大きく発展しましたが、誇大広告や万能治療のような商法によって信用を失いました。電気治療が再び評価されるには、「なぜ効くのか」を説明する神経科学の理論が必要でした。
第5章 東洋の電気のはり 中国と日本の20世紀
西洋で電気治療が一度下火になっていたころ、東アジアでは別の形で電気のはりが発展していきました。
中国ではり麻酔と鍼通電が発展する
中国では20世紀に入り、伝統医学と西洋医学を組み合わせようとする流れの中で、はり治療が再評価されました。
大きな転機の1つが、1950年代後半から広まった「はり麻酔」です。これは、手術時の痛みをはり刺激で抑えようとする試みでした。
ただし、はり麻酔は「はりだけで完全に麻酔をした」という単純な話ではありません。実際には、患者の選択、鎮静薬、局所麻酔、医療チームの管理などが組み合わされていた例もあります。
その一方で、手で長時間はりを刺激し続けるよりも、機械で一定の電気刺激を加えた方が、刺激量を安定させやすいという利点がありました。ここから、中国では鍼通電機器が発展していきます。
1960年代から1970年代にかけては、G6805型などの鍼通電機器が広く使われるようになりました。低い周波数と高い周波数を交互に出す「疎密波」という刺激方法も、この流れの中で広まりました。
日本では良導絡と低周波鍼通電が育つ
日本では、1950年ごろに中谷義雄が皮膚の電気抵抗に注目し、「良導絡」という考え方を提唱しました。
良導絡は、皮膚の電気の通りやすさを測定し、体の状態を評価しようとする日本独自の方法です。現代の科学的評価では議論もありますが、日本の鍼灸と電気測定を結びつけた重要な試みでした。
その後、日本では低周波鍼通電療法が整理されていきます。特に、筋肉、神経、腱、血流、自律神経などを意識した方法が教育や臨床で広まりました。
日本の低周波鍼通電では、1Hzから数Hz程度の低頻度刺激がよく用いられます。筋肉をゆっくり収縮させ、血流、筋緊張、痛み、自律神経反応をねらう方法として発展してきました。
第5章のまとめです。中国では、はり麻酔と鍼通電機器の発展によって電気のはりが広まりました。日本では、良導絡や低周波鍼通電療法を通じて、はりと電気刺激を結びつける独自の流れが育ちました。
第6章 理論の革命とTENSの誕生
一度信用を失った電気治療を、現代医学の中で再び説明可能にしたのは、新しい機械ではなく、1つの理論でした。
ゲートコントロール理論
1965年、ロナルド・メルザックとパトリック・ウォールは、科学雑誌『Science』に痛みに関する新しい理論を発表しました。これが、ゲートコントロール理論です。
それまで、痛みは「傷ついた場所から脳へ、痛みの信号が一直線に届くもの」と考えられがちでした。
しかしゲートコントロール理論では、脊髄の中に、痛みの信号を通しやすくしたり、通しにくくしたりする「門」のような仕組みがあると考えました。
たとえば、ぶつけたところを手でさすると、痛みが少しやわらぐことがあります。これは、触覚や圧覚を伝える太い神経線維の刺激が、痛みを伝える細い神経線維の信号を抑える方向に働くためと説明できます。
つまり、皮膚からちょうどよい電気刺激を加えて太い感覚神経を刺激すれば、痛みの信号が脳へ届きにくくなる可能性があります。
大昔の「しびれさせると痛みがやわらぐ」という経験が、ここで初めて神経科学の言葉で説明され始めたのです。
TENSの誕生
1967年、ウォールと脳外科医スウィートは、皮膚や神経への電気刺激によって、人の痛みが一時的に抑えられることを報告しました。
この流れから発展したのが、TENSです。TENSは、Transcutaneous Electrical Nerve Stimulationの略で、日本語では「経皮的電気神経刺激」と訳されます。
TENSでは、はりを刺さずに、皮膚の上に電極パッドを貼って電気を流します。目的は、感覚神経を刺激し、痛みの信号を抑えることです。
その後、TENSは痛みの治療やセルフケア機器として世界に広まりました。家庭用低周波治療器の多くも、このTENSに近い考え方を持っています。
第6章のまとめです。1965年のゲートコントロール理論によって、皮膚からの電気刺激が痛みを抑える理由が説明されるようになりました。これがTENSの理論的な土台になりました。
続きを見たい方は、来院時にパスワード教えてと一声おかけください。
主要文献
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